中小企業の方へ
下請企業の特許戦略
1.出願を済ませてから客先提案
お客様から、何らかの仕様やスペックが提示され、その仕様やスペックを満足する技術を考えて、お客様に提案することがあります。
特許や実用新案では、通常、仕様やスペックは「解決しようとする課題」に相当し、発明や考案ではありません。
その仕様やスペックを満足する技術が、「課題を解決する手段」に相当し、その技術を考えた者が発明者であり考案者です。
特許は新しいものでなくてはなりません。
お客様にその技術を提案した時点でその技術は新しいものではなくなります。
「お客様にこの技術は、秘密にしておいて下さい。」と守秘義務をお願いすれば別ですが、そうなると、お客様の方で、その新技術をさらに改良して特許出願されてしまうかもしれません。
そこで、お客様に新技術を提案するときは、出願を済ませてから提案すべきです。
ここで、もう一つ注意をしておいた方がよい点があります。
明細書における「解決しようとする“課題”」は、お客様から提示された仕様やスペックをそのまま記載するのではなく、
抽象的な課題にしておくべきでしょう。
例えば、1000MPa以上の引張強度を持たせる。ということが、お客様から提示された仕様であれば、明細書における課題は、十分な機械的強度を持たせる。とします。
特に、最近の特許や実用新案の明細書では、「解決しようとする課題」を広く、抽象的に書く傾向があります。
これは、具体的に書いた課題によって権利範囲を狭く解釈されないようにするためなのですが、その前に、お客様から提示された仕様やスペック
はお客様の秘密情報かもしれません。
出願をすると、その内容は必ず公開されます。
お客様の秘密情報を公知にしないためにも、また、権利範囲を狭く解釈されないようにするためにも、「解決しようとする課題」は広く、抽象的に記載すべきでしょう。
また、先ほど、仕様やスペックは「解決しようとする課題」に相当すると言いましたが、場合によっては、仕様やスペックが発明や考案になる場合もないとは言い切れません。
特に、化学系の発明ではあり得ることですが、ここでは、上記例を用いて説明します。
“1000MPa以上の引張強度もった○○部材。”という「請求の範囲」を作成することが可能です。
本来であれば、先ほど言いましたように、「1000MPa以上の引張強度をもたせるにはどうすれば良いか・・・ということが発明や考案になりますが、1000MPa以上の引張強度をもたせることは実現容易であり、1000MPa以上の引張強度をもたせる。」ということ自身がとても思いつかないような場合には、このこと自身が発明や考案になり得ることがあります。ある意味、発見に近いものです。
ですから、お客様から提示された仕様やスペックをそのまま「請求の範囲」に書くことは控えるべきです。
御社は、そこで何の創作もしていません。御社が知恵を絞ったことは、1000MPa以上の引張強度をもたせるにはどうすれば良いか・・・ということのはずです。
こう考えてみますと、お客様から提示された仕様やスペックを簡単に満足することができる場合は、そもそもお客様も、その仕様やスペックを満足する技術を考えて提案してくれとは言わないはずで、お客様から提示された仕様やスペックを
なかなか満足することができなかった場合にこそ、出願を済ませてから提案すべきです。
ここで、くどいようですが、もう一度言いますと、発明や考案になるのは、1000MPa以上の引張強度をもたせるにはどうすれば良いか・・・という
具体的な解決策になります。
こうして出願をしておけば、仮に、提案した技術がそのお客様には不採用であっても、その技術を他社に売り込むことができるかもしれません。
一方、提案した技術がお客様に無事に採用された場合には、お客様と一緒に改良を重ねることがあります。このときは、お客様との共同発明や共同考案になり、共同出願することになります。
ここでも、提案前に出願しておくと良いことがあります。御社単独で発明した技術と、共同で発明した技術との線引きを行うことができるからです。
御社単独で発明した技術は、御社の明細書に記載されています。望ましくは、提案前に御社単独で行う出願には、ある程度の改良形態を予想して、その
改良形態も権利範囲に入るようにし、かつその
改良形態を明細書中に書いておくことです。
2.共同出願には注意が必要
共同出願を行い、共同で権利を取得すると、法律上は、各権利者は
各々独自に特許発明や登録実用新案を実施することができます。
お客様は、独自に実施することができるため、勝手に他社へ発注するかもしれません。
各権利者の実施についての取り決めは、通常は、お客様と締結する
共同出願契約によって定められます。
特に断りがない場合は、法律上の定めが優先しますので、注意が必要です。
ただし、御社がお客様への提案前に
御社単独の出願をしておけば、お客様は勝手に他社へ発注することが
できなくなります。
これは、お客様との共同出願の内容は、改良技術のため、通常は、提案前に行った御社単独出願の方が権利範囲は広いはずだからです。
すなわち、改良技術を実施すると、御社単独出願の権利範囲に触れてしまうことになるからです。
また、共同出願契約では、お客様が他社へ発注した場合には御社へ実施料を支払う代わりに、御社が他社に実施した場合には御社がお客様へ実施料を支払う。という取り決めがなされるかもしれません。
この場合にも、提案前に行った御社単独出願が有利に働きます。お客様が他社へ発注する場合には、まず、提案前に行った御社単独出願に基づく権利について、お客様が
御社に実施許諾を求める必要があるからです。
3.ノウハウと特許
お客様に納品する製品を製造していると、例えば、不良率を低減させる工夫がなされたり、生産効率を高める工夫がなされたりします。
これらの工夫は、本来なら
お客様は気付かない工夫です。
ですから、この工夫を
御社独自のノウハウとして秘密にしておくことも考えられます。
しかしながら、お客様は、品質管理等の目的で、御社の工場を視察に来たり、製造工程のデータの提出を求めることがあります。
この場合には、例えば、工場の入口に、工場内で知り得た情報は総て秘密情報としてお取り扱い願います。
というような看板を立てておいたり、製造工程のデータに「confidential」というスタンプを押して、秘密の状態を守り抜くことが考えられます。
ただし、前者の“工場内で知り得た情報”というのは対象が抽象的で法律的には十分とは言えませんが・・・
秘密の状態を守り抜き、お客様がその工夫に気付かなければ、問題はそう起こらないでしょう。
問題が起きるのは、お客様自身が、
同じような製造を自社内で行っている場合です。
この場合には、その工夫がお客様に気付かれ、お客様の自社内の製造に使われてしまい、最悪の場合は、御社への受注が減ってしまうことです。
こうなった場合、その工夫を無断で使われた。と主張することは、色々と法律論はありますが、そういう法律論を論ずる前に、お客様との力関係から言って難しいでしょう。
さて、どう転んでも力関係で泣き寝入りを見るのであれば、
特許の抑止力に期待してみてはどうでしょうか?
ただし、この場合の、特許出願のやり方は、かなり
戦略的なものになります。
例えば、
(1)特許を出願すると、出願した内容は公開されてしまいます。だからといって、技術を誤魔化したり変に隠したりして出願すると、現在の審査では手痛い目に遭うことが多いでしょう。これらの点を踏まえて特許出願を行う必要があります。
(2)上記工夫は、ある特定の製品に対しての工夫であって、その工夫の本質を見つけ出して、特許として請求する必要があります。
(3)なるべく「物の発明」として特許を請求しておくべきです。
ケース バイ ケースによっても色々と変わりますので、是非ご相談下さい。
また、
御社は大した工夫でもないと思っていることが、第三者にとってはすごい工夫である。とうことが良くあります。
同じような製造を自社内で行っているお客様へ、品質管理等の目的で、御社の情報を開示しなければいけない場合、御社が認識している工夫以外の点で、御社から知識を得る場合もあります。
この場合に対しては、御社の情報の棚卸しを行い、特許戦略を立てた上で、客先への情報開示を行うべきでしょう。
さらに、大きな問題が一つ残っています。
御社が、どんなに秘密管理に力を注いでも、
退職者による情報流出はなかなか止められないものです。
退職者による情報流出に対しては、特許権による対抗が効率的かつ効果的でしょう。